没入

2025/01/26

有楽町マリオンの9階にある「コニカミノルタプラネタリアTOKYO」で開催中の『イマーシブ・プラネタリウム ゴッホ』と題するプラネタリウムショウを見ました。

ここでキーワードになっている「イマーシブ」とは「没入感がある」「没入型の」といった意味で、プラネタリウムの水平方向に360度、垂直方向に180度の空間全体に「ひまわり」「星月夜」ほかの名画の数々を投影することによりゴッホが描いた作品の世界に入り込むような没入感を味わうことができるのだそうです。

プラネタリウムのドーム空間の中に入ると仰向けに近い角度で座ることになる座椅子が設置されており、そこにゆったり身を横たえて天井を見上げることになります。ショウは105分間の上映時間の中で35分間の映像作品が3回ループするようになっており、本編中に音声や字幕での解説はなし。ひたすら映像を見ながら、カフェで買い求めた飲み物を飲んだり同行者と小声でおしゃべりしたり、写真や動画を自由に撮影したり、途中で出入りしたりしてもかまわないというレギュレーションのユルいものでした。

実を言えばそれほど大きな期待をしていたわけではなく「プラネタリウムの大画面にゴッホの名画の数々が次々に投影されるだけなのかな」くらいに思っていたのですが、いざ始まってみると確かにこの没入感はすごい。膨大な数の肖像画が頭上へと消えていくときには自分の方が下っているような錯覚を覚えましたし、麦畑に飛び込んでから空へ舞い上がるときには飛翔感を覚え、そして緩やかに動く星月夜に囲まれたときは夜道を歩いているように感じました。全体を通してみると時期やテーマごとに13のシーンで構成されており、そのいずれにも見応えがあって35分間があっという間でした。

それにしても思うのは、ゴッホの作品自体の生命力、解説不要の吸引力です。これまでにゴッホの絵をまとまった形で見る機会としては2017年の「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」がありましたが、そのときに感得されたように、ゴッホが自分の描く絵に自身の全存在をかけて理想を結晶させようとしていたからこそ、ゴッホの死後135年がたった今でも、ゴッホ自身の人生を離れて作品一つ一つが見る者を惹きつけ続けているのに違いありません。

したがって、ラスト近くの一瞬、ゴッホの肖像と生没年が示される直前で銃声と共に銃弾による破孔が映し出されたのはゴッホの死の原因となった事故(?)をそれとなく見せたものであったにしても、それまでの絵画の数々と同じくこの点について声高に解説を加えようとしない制作姿勢は、むしろ好ましいものだったと思います(そこにむしろ正面から向き合ったのが、2018年に見たアニメーション映画『ゴッホ 最期の手紙』でした)。

ループ3回のうちの2回を見終えたところでプラネタリウムを離れ、銀座七丁目のライオンビヤホールでジョッキを傾けました。

このビヤホールに初めて訪れたのは学生時代だったと思いますから今から40年以上前のことになりますが、このビヤホール自体はすでに90年以上の歴史を持ち、銀座ライオンビルは2022年に国の登録有形文化財に登録されているのだそうです。

ゴッホの作品群と共に時を超えてきた力のなせる業か、ビールを大量に摂取しつつソーセージやスパゲティを食した後に気がつけば、財布の方も銃弾に撃ち抜かれて大きなダメージを受けていました。

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