滝行

御岳山で滝に打たれる

私にとってボルダリングやトレイルランでおなじみの奥多摩・御嶽は、その名が示す通り本来は山岳宗教の山です。厳しい山上にある奥の院を遥拝できるピークには武蔵御嶽神社があり、その門前にたくさんの宿坊があって、私もそのうちの二つに泊まったことがあるのですが、いずれも翌日のトレイルランの大会に出場するための前泊としてだったので、宿坊らしい朝のお勤めに参加できていません。そこでふと思い立って、今回は純粋に信仰の宿としての宿坊泊まりを敢行することにしました。

2025/08/02

……が、御嶽に行くならその前に沢井駅で下りて小澤酒造へ立ち寄るというのはいわばルーチンのようなものです。

連日の猛暑の中でも御岳渓谷には爽やかな風が吹いており、河原で水に足を浸して涼しげな人たちを眺めながら、おぼろ豆腐と味噌こんにゃくとでまずは一杯。

いい気持ちになったところで多摩川沿いの遊歩道を御嶽駅前まで歩いてからバス・ケーブルカーを乗り継いで御岳山上へ。御岳山へはこれまでほとんど歩いて(または走って)登ってそれだけでヘロヘロになっていましたが、ケーブルカーは実に気分よく山上に連れていってくれるものです。堕落?いや、科学の恩恵というべきです。

それでも行く手に奥の院の三角錐が見えてくれば、自ずと気が引き締まります。あの山にはやはり、なんらかの霊威があるに違いありません。

そして泊まった宿は、2010年にも投宿した「山楽荘」です。あれから15年がたつのに、宿の構えはなんら変わっていませんでした。懐かしい……。

変わっていないのは夕食の懐石料理のありがたさも同様です。五感に喜びを与えてくれるこの御膳は、地のものを食材として用い、神様へ供えた「縁起物」を御岳山から湧き出る清流で調理したものだそう。ありがたいことです。

ところで肝心のお勤めの方はと言うと、翌朝は予想していた神殿の間での御祈祷ではなく滝行が予定されているという話になりました。まさかの展開に戸惑いつつも、まずは食後の事前説明を聞いてみてから参加するかどうかを決めてはどうかと勧められて説明会に参加したのですが、まあこれに参加して詳細なマニュアルまで読んでしまえば「やっぱり滝行はいいです」とはなりません。滝行なるものは未体験ですが、覚悟を決めて参加を申し込み、この日は早々に就寝することにしました。

2025/08/03

午前5時15分に神前に集合。この時点ですでに貸与された鉢巻と褌を締め、その上にシャツとズボンを着用した和洋折衷な出立です。

ここでお祓いを受けてから、宿を出て向かう先は綾広の滝。基本的に無言・後ろを振り返らないことを心掛けつつ山道を歩き、神社の参道と奥の院への道の手前で二拝二拍手一拝を行いつつ滝を目指します。

いつも綾広の滝を見ると「水量が少ないな」と思ったものですが、いざ滝行で水を浴びるという目で見るとそこそこ水量があるように見えるから不思議です。この滝の前でシャツとズボンを脱いで鉢巻に褌一丁(女性は白衣)の姿になり、鳥居をくぐったらまずは祓詞と共に二拝二拍手一拝。ついで全員で行う「鳥船」ですが、これは和船の櫓を漕ぐ動作をしながら掛け声をかけ、和歌に節をつけて斉唱するもので、次の三段からなります。

一段
左足を前に「イエーッ」「エーイッ」とひとしきり漕いでから朝夕に 神の御前にみそぎして すめらが御代に仕えまつらむ
二段
右足を前に「エイッ」「ホッ」とひとしきり漕いでから遠つ神 固め修めし大八洲 天地共にとはに栄えむ
三段
左足を前に「エッ」「サッ」とひとしきり漕いでから天津神 国津神たちみそなはせ 思ひ猛びて我が為す業を

さらに足を開き腰に手を当てて空に向かって大声で生魂いくたま・足魂たるたま・玉留魂たまるたまと神の御名を叫ぶ「雄健おたけび」、国常立命くにのとこたちのみことと叫んで沼矛印を結び気合い諸共に切り下ろす「雄詰おころび」、深い腹式呼吸を行う「気吹いぶき」と進むうちに、先ほどまでの邪念や恐れが消えて集中力が高まり、降りてきた神との一体感が生じてきます。

それでも釜に足を踏み入れたときは水の冷たさに一瞬怯んだのですが、皆で一斉に足、手、顔、胸と水をかけていくうちに冷たさも感じなくなり、いよいよ順ぐりに「身滌」となりました。「エーイッ」の気合いと共に沼矛印を切り下ろし、滝に背をつけて印を結んだら祓戸大神の三連呼を1回目は3セット、2回目は5セット、3回目は7セット。この間、他の参加者も周りを囲んで共に祓戸大神を唱え、あるいは声援を送ります。ここでは滝の水が気合いで分かれる程の大声を出すことが求められますが、滝の水に打たれながら一心不乱になって神の名を唱えていると何もかも忘れて体の深いところから自然に大きな声が出てきます。かくして全員が清澄な水と空気との中で身も心も浄められたら、「大祓詞」から「気吹」までを繰り返して神にお帰りいただき、最後に拝礼と手締めを行って滝行は終了です。

晴々とした気持ちになって(しかしなるべく無言は続けて)宿に戻ったら、薬膳粥の朝食をいただき、しばし寛いでから宿を発ちました。お世話になりました。

宿を出たらまずは神社に登って、本殿の奥の遥拝所から奥の院を拝みました。今までも何度も拝んでいる奥の院ですが、今日はひときわありがたみを覚えます。

そして日の出山を経由し、つるつる温泉に下って温泉風呂を堪能して一連の行事は終了です。天気に恵まれたおかげもありますが、なんとも充実した二日間でした。思いがけないいきさつから参加した滝行でしたが、確かにこれはすばらしい体験でしたし、これから夏ごとに参加するのもありだなと思ったほどです。もっとも、真夏のこの日でも十分に心身を引き締める効果があったので、真冬の滝行にまで参加しようという気にはなれそうにありませんが……。

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