夏扉

#1266 - ロバート・A・ハインライン『夏への扉』読書

2026/09/06

一日中雨が降り続く日曜日、〔著〕ロバート・A・ハインライン〔訳〕福島正実『夏への扉』(1956年)を1日で読了。タイムトラベル物の古典的名作とされる本作は『宇宙の戦士』『異星の客』『月は無慈悲な夜の女王』などで著名なSF作家ハインラインの人気作の一つで、私はまだ10代の頃にジュヴナイル版(抄訳)を読んだことがありましたが、正式版を読んだのはこれが初めてでした。

あらすじは〔Wikipedia〕に記されているのでここでは物語の大枠を俯瞰するにとどめると、技術者である主人公ダンは①1970年→②2000年→③1970年→④2000年と時間軸上を行き来し、未来への跳躍では冷凍睡眠、過去への回帰ではタイムマシンが用いられます。①で共同経営者である親友および婚約者に裏切られ会社を乗っ取られて未来へ送られた主人公が②で運命に抗いつつ生きるうちに知ることになるいくつかの伏線が③で見事に回収されて④でのハッピーエンドになだれこむ展開は爽快そのもの。物語が進むにつれて指数関数的にテンポアップしていく語り口とこなれた訳文に引き込まれ、一気に最後まで読み通すことになりました。

ことに③へ戻ってきた主人公が①の自分に接近しながら直接は介入せず密かに逆転策を講じるあたりが面白く、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』にも同種のアイデアが登場しますがもちろん本作の方がオリジナルです。また、作中に出てくる技術的アイデアの中では、①の段階で主人公が発明し実用化していた家事ロボット(人型ではなく機能特化型)や①ではアイデアでしかなかったのに②で製品を見て驚く自動製図機(CADの先取り)、②で主人公が構想を温める自動秘書機(音声認識→文字起こし)といったあたりがハインラインの先見の明を如実に示していますし、重要な道具立てとして株券などの証券や契約、特許についての記述がしっかりしているところが文系読者(=私)にも響きます。ちょっと明るすぎる結末に深みがないと感じる読者もいるようですが、私は気持ちよく読み終えることができました。

なおネット上の読者評の中には、インターネット時代の到来はさすがに予見できていないので主人公の②での各種調査手法がアナログに過ぎると指摘する声がありましたが、現実世界でも2000年頃ではまだ公的機関のネット対応は進んでいなかったように思うのでこれはあたりません。一方、ダンを裏切る婚約者ベルの①での徹底した悪女ぶりと②での醜態や、③の時点では11歳にすぎない少女リッキーを④においてお嫁さんに迎える(ただし彼女が21歳になってから冷凍睡眠に入ることで年齢差を縮めている)くだりからは、ハインラインの女性観が窺えるようでもあります。そんな具合に、本書が1950年代に執筆されていることを踏まえつつ、読者自身が体験してきた1970年と2000年の世相を思い出しながら読むと、面白さがさらに増してきます。

タイトルの『夏への扉The Door into Summer』とは、主人公の飼い猫にして相棒であるピートが、不愉快な雪に囲まれた冬の住居にあるいくつもの扉のうちどれか一つはきっと夏につながっていると信じてダンに片っ端からドアを開けさせるという本書の冒頭の描写に基づいています。もちろんピートの願いはかないませんが、老猫になってもこの確信を捨てようとしないピートに対し主人公はもちろん、ぼくはピートの肩を持つと述べて、一人称で語り続けられてきたこの物語を締めくくります。すなわち、主人公が艱難辛苦を乗り越えてついに幸福を勝ち得たようにドアというドアを試せば、必ずそのひとつは夏に通じるという信念こそが本書の主題であり、ハインラインから読者へのポジティヴなメッセージです。