三酒

昨年も行った秋の甲州ワイン買付けツアー。今年は企画を拡張して、ワイン・日本酒・ウイスキーの3種類を堪能する贅沢なツアーとすることにしました。

2019/11/30

シャルマン・ワイナリー

小淵沢駅からタクシーに乗って、最初に向かったのは「シャルマン・ワイナリー」です。

小淵沢駅からタクシー代で3,000円余り、樽の看板のすぐ下に直売所がありますが、見学の方は予約不要で好きに見て下さいという感じ。この日はワイン作りの作業もなく、ひっそりと静まりかえった醸造所の中を適当に歩き回ることにしました。

まず入ったのは直売所の裏手にある仕込倉。1階の破砕機でブドウを破砕し、白ワインの場合は圧搾してから30-40日間発酵、赤ワインの場合は発酵させてから圧搾という異なる手順を経て、6カ月かけて自然に澱が下がるのを待って(ちょうど今の時期は、澱が下がるのを待っている時期だったようです)から地下貯蔵庫のタンクや樽、1.8リットル瓶などに保管します。そして、ここでの低温貯蔵を2-3年経てから720ml瓶に詰め替え、その後1-3年(高級ワインは3-10年)熟成させて、やっと販売に回ることになるのだそうです。

……などと勉強をしたり企業秘密(?)を見学したりしましたが、このワイナリーを訪れた目的はほかにありました。

こちらは低温ワインセラーを兼ねた「甲斐駒ヶ岳資料館」。背後に見えている自家ブドウ園の向こうに聳えているのはまさに甲斐駒ヶ岳です。実は昨年、黒戸尾根から日向八丁尾根へと周回したときに、東京白稜会会員・恩田善雄氏による甲斐駒ヶ岳研究書がこの「シャルマン・ワイナリー」に併設されている甲斐駒ヶ岳資料館に収蔵されているらしいということを知り、その様子を見てみたいというのがこのワイナリーを訪れたそもそもの理由でした。

がらんとした建物の中の一角をパーテーションで区切ったコーナーが資料スペースになっていて、年代もののピッケルやストックがぶら下がっていますが、お目当ては各種資料類の方にあります。

すばらしく几帳面な字が書かれたノート。内容はどうやら『甲斐駒ヶ岳辞典』の原稿であるようです。右下に見えているのはダイヤモンドBフランケの概念図で、赤蜘蛛ルート、雪と岩の会ルート、右直登ルート、薄志弱行ルートの4ルートが記されています。

左は甲斐駒ヶ岳のルート開拓に情熱を注いだことで知られる東京白稜会の会報を復刻したもの?表紙にあたる部分には「甲斐駒ヶ岳赤石沢遭難報告号 1962年1月 東京白稜会」と書かれています。右にはさらに古い資料が展示されていて、中には「大正時代の案内図 制作者 高木薫博」なるものもありました。甲斐駒ヶ岳は江戸時代から講中の人々による信仰登山が盛んでしたから、早くから地理的な情報が整理されていたものと思われます。

恩田善雄氏が寄贈したものらしき膨大な資料類が並んでいましたが、ガラス戸には鍵がかかっており、手に取ってみることはできませんでした。残念ではあるものの、いたしかたありません。

資料館見学を終えて直売所に戻り、いくつかのワインを試飲してみました。このワイナリーは1919年にワイン醸造免許を取得したのだそうで、今年はそこからちょうど100年。これを記念して2013年のカベルネ・フランを仕込んだ100周年記念ワインも販売されていましたが、もちろん試飲なし、お値段は8,800円。手が出ない金額ではありませんが、んー、今回は遠慮させていただきます。

旧甲州街道

次なる目的地は地酒「七賢」の酒蔵ですが、「シャルマン・ワイナリー」から徒歩15分ほどなので歩いて移動することにしました。その道筋が旧甲州街道の一部であるということを最初は知らず、どことなく風情のある道だなぁと思いながら歩いていたら一里塚跡が出てきてやっと得心がいきました。

昔の講中を泊めていたと思しき宿も出てきました。看板を見ると左から「駒嶽山 東京日●出講」「旭嶽山 東京大神講」「鳳凰山 旭嶽前宮開闢記念」とあり、最後のものには「昭和拾乙亥年四月吉日」(西暦1935年)と日付が書かれていました。「駒嶽山」は甲斐駒ヶ岳のことだと思いますが「旭嶽山」は?そういえば、御座石鉱泉から鳳凰三山の地蔵岳に向かうルート上に旭岳という小ピークがあり、そこに猿田彦を祀る祠があったことを思い出しました。

昼食は「七賢」付属の食事処「臺眠」で。風情のある店内に落ち着き注文した臺眠御膳は食前酒がつき、魚(銀ダラと鮭)も牛タンも粕漬け焼き、飲用水も「七賢」の仕込水。すべておいしゅうございました。

「シャルマン・ワイナリー」と異なり「七賢」の方は見学時間が決まっているので、それまでの間あたりをぶらぶら歩いてみました。この辺りは旧甲州街道の台ヶ原宿で、その風情が評価され「日本の道100選」に選ばれているのだそうです。

七賢

さて、時間が近づいてきたので「七賢」(山梨銘醸)さんにお邪魔し、まずは試飲コーナーに入ってみました。その名の由来である竹林の七賢の名をとった阮籍・嵆康・山濤・劉伶・阮咸・向秀・王戎や、絹の味・甲斐駒・大中屋といったサブタイトルもありましたが、試飲した中では七賢人最高峰の「王戎」が抜群の旨さ。磨きの度合いを高めしずく取りによって大事に作られた純米大吟醸酒で、口に含んだとたんに広がる味わいと香りの豊かさにうっとり。ただし四合瓶で11,000円とそれなりのお値段になります。

蔵見学は30分ほど。こちらも人が働いている姿を見掛けることはなく、がらんとした場内を高感度MAXの係のお姉さんに連れられて見て回ることになりましたが、こちらでも数年前から杜氏の力を借りることはなくなり、機械化された設備を駆使して従業員が普通の勤務形態で製造に従事しているということでした。そうしたところは以前見学した「獺祭」の蔵元と同じですが、あちらが年がら年中お酒を作っているのに対し、こちらはお米の供給や寒い気候を活かす都合からやはり秋冬を仕込みの時期としているそう。

清潔そのものの近代的な蔵でしたが、やはり怖い目に会う可能性もないではないようです……。

そしてこの酒蔵も、甲斐駒ヶ岳に見守られていました。

ペンション・ボーンフリー

この日の宿は、通い慣れた「尾白の湯」に近い場所にひっそりと建つ「ペンション・ボーンフリー」です。季節外れということなのか他に客はいませんでしたが、料理は抜群、もてなしも心がこもり、すっかり寛がせていただきました。

2019/12/01

外気温は相当冷え込んでいたようですが、食堂には大きな薪ストーブがあってぽかぽか。今朝もおいしい食事をいただいてから、宿を辞しました。普段の登山ではぎりぎりの時間の中で動いているので登山口まで直行直帰とせざるを得ませんでしたが、今回のように時間にゆとりがある旅ならペンション泊まりは最高です。

今日も昨日に続いていい天気。真っ青な空の下、てくてく歩いて竹宇駒ヶ岳神社を目指します。

竹宇駒ヶ岳神社

神社に入って神様に「来年こそは赤蜘蛛ルートを登れますように」(訳「雨にたたられませんように」)と深く深くお祈りをしてから、尾白川渓谷の散策道に向かいました。

事前の情報では尾白川渓谷の道は台風19号の影響で荒れているということだったのですが、吊り橋の手前にも先にもそうした表示はありません。それなら行けるところまで行ってみようと橋を渡って河原に降りたのですが、あっという間にへつることも渡渉することもできない場所が出てきて行く手を阻まれ、神社から徒歩10分とされる千ヶ淵にすら達することができませんでした。残念。

最後の目的地は、白州と言えば素通りできない「サントリー白州蒸溜所」です。国道20号を北に向かって歩く道すがら、右手の方には七里岩台地が長く南へと続く様子を眺め、左手には甲斐駒ヶ岳が山頂の右下に黄蓮谷を白く凍らせている姿を見上げました。

サントリー白州蒸留所

「サントリー白州蒸溜所」も完全予約制。受付であらかじめの予約の確認をして首から下げる入場証をもらって、森の中の道を奥へと進みます。ここは環境保全に非常に気を使っており、敷地内にバードサンクチュアリが設けられているほど。後で聞いたところでは上水道も引いておらず、ここで使う水はすべて天然水を利用しているのだそうです。

まずはファクトリーショップ「イン・ザ・バレル」を覗いてみましたが、サントリーが輸入を担当しているバランタインや出資しているマッカランといったブランドが目につくものの、肝心の「白州」は見当たりません。サントリーの長期熟成ウイスキーが深刻な原酒不足に見舞われて流通していないという話は知っていましたが、お膝元の売店でも売られていないというのはがっかりです。

しかし、売店と同じ建物の中に設けられた「BAR白州」ではもちろん「白州」や「山崎」「響」を味わうことが可能です。喜び勇んで「超長期熟成ウイスキー体感セット」(白州18年・山崎18年・響21年を各15ml)を注文したのですが、このカウンターには驚きました。説明書きにも記されている通り、これは銀座にあったバー「うさぎ」のカウンターを移設したものだそうです。「うさぎ」には私もかつて何度か通い、まずはソルティ・ドッグを1杯、しかる後にウイスキーを一杯といただいたものですが、いつの間にか店舗がなくなっていて寂しい思いをしたものです。そのカウンターとこんなところで再会することになるとは、夢にも思っていませんでした。

ウイスキーの味の方は、どちらもシングルモルトウイスキーである「白州」と「山崎」とではっきり違いが出ました。キレがありスモーキーなクセのある「白州」に対し、まろやかでいてふっくらと存在感のある「山崎」。水の違いが大きく反映してこうした違いになるのですが、自分はどちらが好きかと言われれば後者かもしれません。

敷地内のレストラン「ホワイトテラス」での昼食にはウイスキーをつけず、体内のアルコールを少し落ち着けてから、見学ツアーの集合場所でもあるウイスキー博物館に向かいました。

この博物館は面白い!ウイスキーの作り方、ウイスキー作りの歴史、サントリーの歴史が手際良く展示されており、さらに最上階の展望台からはこの蒸溜所の周辺の環境やこの地を囲む南アルプス北部と八ヶ岳の山々を見通すことができました。

そしていよいよ見学ツアー。20-30人が引率され、敷地内の移動にはバスも使って、原料の仕込みから発酵、2度蒸留、熟成という一連の過程が解説されます。南アルプスから湧き出してくる軟水を使うこと、木桶を使った発酵槽、異なるタイプの蒸留釜によりタイプの異なる原酒を生み出すこと、といったこの蒸溜所の特徴が説明された最後に、二つの樽の断面が見える場所に到着しました。左の樽の中の原酒はまだ若くて色が明るいのに対し、右の樽は熟成が進んで色が濃くなっている上に、樽の木目を通した呼吸によって少し減っています。この減った分を「天使の分け前」と呼び、人間にウイスキーづくりを教えた天使がその見返りとしてウイスキーを味見している、とされるという話でした。

そしてお待ちかね、ツアーの最後は「おいしいハイボールの作り方」のコーナーです。

各自の席に置かれているのは、「白州」のベースをなす「ホワイトオーク樽原酒」とそこに複雑な味わい・香りを加える「ライトリーピーテッド原酒」、さらに「白州」のグラスが二つ。最初に単体の原酒をテイスティングし、次に「白州」を味わってブレンドの妙を実感した上で、最後のグラスの多めの「白州」でハイボールを作ろうというわけです。

「白州森香るハイボールのつくり方」

  1. グラスに氷を一杯に入れて冷やします。
  2. ウイスキーを適量注ぎ、よくかき混ぜます。
  3. 水を足します。
  4. きりりと冷えたソーダを加えます。(ウイスキー1:ソーダ3〜4)
  5. 炭酸ガスが逃げてしまわないように、マドラーでタテに1回まぜます。

軽く叩いたミントの葉を浮かべて、幸せな気持ちでいただきました。これで蒸溜所見学は終わり、小淵沢駅へと戻るシャトルバスの発着所に出てみると、八ヶ岳が夕陽に染まって横たわっていました。

今回の実り豊かな旅の戦利品は「KOSHU 甲州シュールリー無濾過 2017」「七賢 甲斐駒 純米大吟醸」の2本です。ここに「白州」も加えたかったのですが、上記の通り今は無理。いずれ「白州」の供給が回復したら手に入れてみようかと思いますが、それよりも「山崎」の蒸溜所を訪ねてみるのも面白いかもしれません。