勇気

2022/02/20

北京2022五輪終了。この大会では、高梨沙羅(敬称略。以下同じ)のスーツ規定違反問題とか、平野歩夢の不可解採点とかいろいろあった一方で、多くの選手(国籍を問わない)が素晴らしいパフォーマンスを示し表彰台に上がりましたが、自分的にはスノーボード女子ビッグエアでの岩渕麗楽のトリプルアンダーフリップ挑戦がこの大会のハイライトシーンでした。

女子ではオリンピック競技における初めてのトリプル挑戦で、報道によれば彼女は2年前からエアバッグで練習してはいたものの、本番で繰り出すのはこれが初めてだったそうです。

岩渕麗楽の挑戦は着地後の転倒によって成功とはなりませんでしたが、アナウンサーのうわずった声や滑走を終えた途端に会場に響き渡った叫び声、他の選手たちが駆け寄る姿からはその衝撃度が端的に伝わります。また、1:45からの「関係者」のリアクションにも注目。

「1回、2回……(目を見開いて)えっ、3回!」
「(両手を振り上げて)やった成功だ!」
「(その両手で頭を抱えて)あー、転倒した……」

そこにいる人々の多くが同じリアクションをしていて、アナウンサーの言う通り「関係者の皆さんもびっくりの演技」であったことがわかります。その「びっくり」の由来はと言えばおそらく、彼女がこの競技におけるそれまでの限界を押し上げる技術と、その技術をこの場面で繰り出す勇気を示したことにあるのでしょう。まさに乾坤一擲。そしてこの勇気こそ、この場面を「この大会のハイライトシーン」と感じた所以でもあります。

私はこれまで採点競技や団体競技というのにはさほど興味がなく、デジタルに速さや高さを競いながら個としての人間の能力の高みを引き上げるスポーツを好んできたのですが、今回のスノボ女子ビッグエアやスノボ男子ハーフパイプからは記録を塗り替えてみせるという強靭な意思が感じられて、こうした競技に対する見方が変わったのでした。

ちなみに、この競技で金メダルを獲得したアンナ・ガッサーによるトリプルコークの映像(2018年)はこちら。これが女性によるトリプルが初めて記録された瞬間だそうです。

〔連想その1〕
空中ブランコのりのキキ4回宙がえりに挑んで見事に成功させたものの、自分は白い大きな鳥になってしまったのは別役実の童話の中の話。
〔連想その2〕
「記録を塗り替える」という言葉を「歴史を改竄する」という意味に転換してドラマを展開してみせたのは、NODA・MAP「エッグ」。主題は731部隊と満州引揚げです。
〔連想その3〕
私の世代(の男子)だと「勇気」という言葉からは石森章太郎『サイボーグ009』(ミュートス・サイボーグ編)の次の場面をつい連想してしまいます。