脚光
2024/07/10
小川山から帰ってきてから少々体調が悪かったのでYouTube三昧のここ3日ほどでしたが、その中でこれは面白い!と繰り返し見たのがこちらの映像です。
これは世界中に391万人のチャンネル登録者を獲得しているドラマー向け老舗チャンネル「Drumeo」が7月5日に公開したばかりの動画で、The Mars Voltaの現ドラマーであるLinda-Philomène Tsoungui(Philo)にRushの「Limelight」(『Moving Pictures』(1981年)収録)のドラムレストラックを聴かせ、彼女なりのアプローチでドラムを叩かせる=ドラムパートの作曲をさせるという恐るべき企画です。
この企画が成立するためには彼女が「Limelight」を聴いたことがあってはならず、一方で常識的にはロックドラマーがNeil Peartを知らないはずはない(たいていのドラマーランキングでNeilはトップ10に入るから)のですが、幸いなことに(?)Philoはこの曲を聴いたことがなく(というのも本来の彼女のキャリアはいわゆるハードロック系とは異なるエリアにある模様)、かくして彼女のため息混じりの苦闘が始まります。
この曲のどこが難しいかと言えば、まずは次の動画で説明されているように拍子の変化(4/4、6/4、7/4)が頻繁で、しかもそれが実にスムーズに行われるために変拍子らしさを感じさせない点です。
しかも曲調の変化は歌詞の内容と密接に関わっており(この曲を含むほとんどのRushの曲の作詞者はNeilです)、上述の曲の構造に加えてそこで歌われていることまでも把握した上でドラム演奏を組み立てなければなりません。ここが、Neil Peartが単にドラマーではなくドラム・コンポーザー(または「The Professor」)と呼ばれる所以なのですが、Philoはドラムレストラックを聴き込んでメモをとった上で、数回のテイクの中で調整を重ね、ラストテイクでは見事に曲のフィーリングをつかんでハーフタイムやヘミオラを再現しつつオリジナリティあふれる演奏を披露しています。しかも冒頭の動画を見ればわかるとおり、ラストテイクでのPhiloはほとんど目をつぶってドラムを叩いていますから、彼女がこの日初めて聴いたこの曲を短時間の内に自分の中に取り込めていることは明らかです。
演奏終了後に「種明かし」としてPhiloに紹介されたRushのオリジナル演奏はこちら。これを聴いたPhiloのリアクションも相当に面白かったのですが、何よりおかしかったのは彼女が使っていたスティックがたまたまNeil Peartのシグネチャーモデルだったことです。彼女の言によれば「Drumeo」での撮影のための旅(彼女はドイツ人、Drumeoのスタジオはカナダ)に出る際に自宅にあったのがこれしかなかったからだそうですが、この思わぬ偶然にはPhiloも進行役のBrandonも、そしてスクリーンの前の私も一斉にのけぞってしまいました。
ともあれ、その見事な演奏の背後で行われた楽曲分析の正確さから窺い知れる知性の高さと共に、終始笑みを絶やさないPhiloの明るい性格がとても魅力的で、すっかり彼女に惚れ込んでしまいました。Drumeoの動画を見た多くのリスナーもどうやら同様の感想を持ったようで、コメント欄にはいくつもの肯定的なコメントが書き込まれていましたが、それらの意見を端的に集約していると思われる次のコメントに私もボタンをクリックしました。
If only The Professor could hear this... He'd have a big smile on his face. Pretty awesome job, Philo!
なお、この仮定法を含むコメントが多くの共感を集めたのは、Neil Peart(The Professor
)がすでに故人になっており、彼女の演奏を聴くことが決してかなわないからでもあります。