兎穴
Geddy Lee『Geddy Lee's Big Beautiful Book of Bass』
2025/05/25
先日、Rushのベーシスト / ボーカリスト / キーボーディストであるGeddy Leeの回顧録『ゲディ・リー自伝 我が奇妙なる人生』をこのブログで取り上げたばかりですが、今日は最近買い求めた彼のベースギター・コレクションの写真集『Geddy Lee's Big Beautiful Book of Bass』(2018年)を紹介します。
この本の序文に記されたところによれば、Geddy Leeは長年の野球狂でありワイン通でもあるものの、ベースギターに関してはコレクターというわけではなかったのですが、Rushのラストアルバム『Clockwork Angels』(2012年)のツアーの準備を始めた頃にある楽器店からGeddyに対し、彼がかつてRushで使用した楽器と楽器店が持っているFender Precision(mid-1950s)との交換を持ちかけられたことが、彼がヴィンテージ楽器に関心を持つことになったきっかけ。その提案には乗り気にならなかったものの、これを機に調べていくうちに、自分がメインの楽器としてきたベースギターの生い立ちや歴史について深く掘り下げたくなり、いつの間にか「うさぎの穴に落ちた」(深みにハマった)のだそうです。
それから数年をかけてGeddyが収集したベースギターはなんと250本!1950年代から70年代にかけてのFenderベースを中心としつつ、Gibson/Epiphone、Rickenbacker、Höfner、Ampegほかの楽器メーカーもカバーしていて、そこには大事にしまいこまれていたために新品同様の「beauty queens」もあれば、有名無名のミュージシャンによって使い込まれた「road warriors」も含まれています。これらを美しい写真(撮影:Richard Sibbald)とGeddyの解説(協力:Daniel Richler / John "Skully" McIntosh)によってひとまとめにしたのが、この写真集です。
大量のベースギターを網羅しているだけあって、この分厚さ(4cm)はすごい。手に取るとずっしり重く(3.32 kg)、黒と銀の外観も相俟って読もうとする者に覚悟を求める重厚さがあります。
見開きには本書に収録されたベースギターのメーカー名と機種名がアルファベット順でずらりと並んでいますが、おや?左ページの下半分を見ると、見慣れたRickenbackerやSteinberger、Walと共に、我らがYamahaも含まれているではありませんか(これについては後述)。
こちらは目次。章立ては次の通りです。
- Fender
- Gibson and Epiphone
- Rickenbacker
- Höfner
- Ampeg
- Around the World in 80 Basses
- My Favorite Headaches
Fender
コレクションの紹介は、当然のごとくFenderからスタートします。まだ子供だったGeddyが最初に買ったベースギターは安物の日本製だったそうですが、一念発起してちゃんとした楽器を買おうと思ったときに念頭に浮かんだのは、ラジオからいつも流れていたBrian Wilson(The Beach Boys)やモータウンのJames Jamersonのプレシジョンサウンド。Fenderとの長く、ときに途切れながらも現在まで続いている付き合いはそこから始まったということです。こうしたFender BassへのGeddyの思い入れが記された後に、まず世界初の量産型ベースギターとなったPrecision Bassから個々のベースギターの解説が始まります。
コレクションの網羅性を実感するために本書に掲載されたPrecision Bassのラインナップを1950年代のものに絞って紹介すると、1952年が1本、53年が1本、55年が4本、56年が1本、58年が3本、59年が2本。60年代も同様にほぼ毎年のものをカバーするのですから尋常ではありません。また、1本1本の写真にはそのベースのスペックについての簡潔ながら丁寧な解説が付されています。
次はJazz Bassです。Jazz BassはPrecision Bassの改良型として1960年に発売されたものなのでもちろん同年以降のものに限られるのですが、1970年代のものも含めてたぶん50本以上が本書に収録されており、Geddyのメインベースとしての貫禄を示しています。なお、レコーディングでもライブでもRickenbackerに頼っていたGeddyがJazz Bassを初めてレコーディングで使用したのは『Moving Pictures』(1981年)で、その後Rickenbacker→Steinberger→Walという変遷を経てJazz Bassをメインベースに昇格させたのは『Counterparts』(1993年)から。そして現在でも彼にとってのベースの音色の「基準」としているのは、1977年にたった200ドルで買い求めた1972年製のFender Jazz Bassだということです。
Jazz Bassの後にはFenderのその他のベースが続き、そしてGibsonに移ります。
Gibson and Epiphone
GeddyがGibsonを使用する機会はほぼなかったはずですが、彼にとっての理想の音色の構成要素にはJack BruceのEB-3のサウンドが含まれているそうなので、Gibsonベースは彼にとって長年のリスペクトの対象であり続けていたのかもしれません。
そんなわけで「EB」の名前を冠したソリッドボディのベースが暖炉の前に並び、ついでホロウボディのベース群も趣きのある庭に整列するのですが、Gibsonがダブルネック(EBS-1250)を出しているとは知りませんでした。
目を見張ったのはGibson Thunderbirdのコレクションの充実度です。しかも、一般にイメージされるリバースシェイプのものばかりでなく、ノンリバースのThunderbirdがこれだけ揃っているとは驚き。GeddyはJohn Entwistle(The Who)やMartin Turner(Wishbone Ash)がこのベースを効果的に使用していることを知ってはいても、自分が必要とする音とは異なるという印象をずっと持ち続けていたそうですが、Thunderbirdの音がAlex LifesonのギターやNeil Peartのドラム(特にシンバル)と干渉せずに低音域で輪郭を示せることに気づいたのは、彼らの最後のツアーとなったR40ツアー(2015年)でのことだったと書いています。
Rickenbacker
いわゆる「Synth-Era」以前のClassic Rushに親しんでいる私のようなオールドファンにとっては、Geddyのトレードマークと言えばやはりRickenbackerです。
彼のRickenbackerとの出会いは14歳のときに見たテレビでのPaul McCartney(The Beatles)で、そのときには音ではなくその独特の形状に強い印象を受けたようですが、このベースのサウンドに圧倒されたのはその数年後。誰でも想像がつくとおり、その音の主はChris Squire(Yes)です。こうした説明に続いて見慣れたシェイプのRickenbacker 4001を中心とする各種ベース(ホロウボディを含む)がずらりと並び、その中にはやはりGeddyの代名詞になっていたダブルネックも複数出てきます。
Höfner / Ampeg / Around the World in 80 Basses
Paul McCartneyのバイオリンベースで有名なHöfnerも、個性的なシェイプを持つAmpegもGeddyのコレクションの一部を構成していて、これらの中にはなんとHöfnerのダブルネック(Höfner 191 Doubleneck)が紹介されていました。そればかりかDanelectroまでダブルネック(Danelectro 3923 Doubleneck)を出していたとはびっくりですが、ここで面白いと思ったのは、RickenbackerにしろHöfnerにしろダブルネックでは上がベースで下がギターなのにDanelectroのものは例外的にその逆であることです。ちなみに私の武器はベースが下で、これはMike Rutherford(Genesis)に倣ったものですが、彼は異なる個体のベースとギターのボディをそれぞれぶった切ってくっつけるという荒技を使うこともあるようです。
それはさておき、Danelectro(英国)は「Around the World in 80 Basses」の章に含まれるもので、ここでは米国の他に英国、カナダ、イタリア、スウェーデンのベースが紹介され(特にイタリアのものが豊富かつユニーク)、そして最後に日本のYamahaベース(いずれも1960年代)が2本掲載されていました。サンバーストの「Flying Samurai」(SB-5a)と赤の「Flying Banana」(SB-1c)という名前だけからするとゲテモノに思えてしまいますし、「Samurai」のボディシェイプにはMosriteの影響(模倣?)を感じるのですが、音自体はいいらしく、Geddyはこれらを日本のオタク文化と結びつけて、高品質を執拗に追求する姿勢が現れた良質のベースだと褒めています。
My Favorite Headaches
さて、ヴィンテージ楽器もさることながらRushファンとしてはGeddyが実際に使用した機材に一層の興味が向かいます。それらを紹介するこの章のタイトル「My Favorite Headaches」は、Rushが一時的に活動を休止していた2000年にGeddyが制作したソロアルバム『My Favourite Headache』に由来するもの(ただし「Favorite」に「u」がないことと複数形になっていることに留意)です。
Geddyのプロキャリアにおけるベースは、やはりRickenbacker 4001から始まります。レコード会社から契約金が入った彼はこれを2本所有し、さらにダブルネックもギターが12弦のものと6弦のものとを手に入れてライブで使用していて、私が音楽雑誌で初めて見たRushの写真(下)に写っているベースもダブルネック(4080/12)でした。
フロントが二人とももダブルネック、そして背後には要塞のようなドラムセット。この物量を駆使して1小節にどれだけ音符を詰め込めるかを競い合うようなせわしない音楽性にこの上ない魅力を感じたのですから、その頃は私も若かったということなのでしょう(笑)。
ところでプロになる前、それでもちゃんとしたベースを買おうと一念発起したGeddy少年が買い求めたベースがFender Precision Bassだったことは上述のとおりですが、Rickenbackerを手に入れてからはこのPrecisionはずっとbackup
の地位に甘んじていたそう。しかし、Precision BassにもRickenbackerのような音が出せないかと改造を施した結果生まれたのが青のグラデーションが美しいティアドロップ型の「Space Bass」で、こうしてじっくり見てみるとボディの形だけでなく、ヘッド(ペグの配置が3対1)、ネックのインレイ(涙型)、電装系(ピックアップを増設)、ブリッジ(Rickenbackerと同じくバダスブリッジに変更)とまるで別物になっていることがわかります。Geddyはこれを1970年代の終わり頃のステージで最後に演奏する「In the Mood」に使用したということですが、どんな音が出せたのか聴いてみたい(これだけ聴いたことがない)ものです。
かたやSteinbarger(XL2)の方は、ステージ上でGeddyの周囲にシンセサイザーが積み重なるようになったためにヘッドレスならではの取り回しの良さを重視して使い始めたもののI tired of it pretty soon.
とずいぶん冷淡なコメントを残しています。このベースが全面的に採用された「Grace Under Pressure Tour」(1984年)のパンフレットでは「1983-84年度ベスト・ルーキー」だと賞賛していたのに……。
Steinbargerの次にGeddyが手にしたのはプロデューサーのPeter Collinsが持ち込んだ黒いWal Mk Iで、今やその希少価値からマニア垂涎のこのベースを肩から下げて歌うGeddyの姿はライブ映像『A Show of Hands』(1988年)で見ることができます。赤い方はMk IIですが、さらにGeddyが弾くところを見たことがない5弦ベース(Mk II Five-String)が載っていたことには驚きました。そこに記された説明によればI used it onstage on the Hold Your Fire Tour for "Lock and Key."
ということなのですが、YouTubeで探してみても実際に彼がこれを使っている場面を見つけることはできませんでした。
Steinbarger、Walとアクティブ・サーキットを搭載したベースが続いた後に、パッシブへの回帰のようにGeddyが採用することになったのはFender Jazz Bassです。その経緯は彼の自伝にも書かれていたとおりで、Walでレコーディングした『Roll the Bones』(1991年)での低音域の不足を感じたGeddyに次作『Counterparts』のエンジニアがFenderを勧め、半信半疑ながらも『Moving Pictures』で部分的に使用したこの1972年製のJazz Bassを引っ張り出したところ見事にフィット。以後、彼にとっての「基準」ベースとなったということです。なお、私が持っているFender Japan製Jazz Bassはこのベースのレプリカモデルです。
Interviews
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本書には、何人かのベーシストやテクニシャンに対するインタビューが掲載されています。その中から私にとって馴染みのある名前を挙げると、John Paul Jones(Led Zeppelin)、Adam Clayton(U2)、Robert Trujillo(Metallica)、Bill Wyman(The Rolling Stones)、Les Claypool(Primus)、Bob Daisley(Rainbow)といったところ。Robert TrujilloはJaco Patoriusが使用していた銘機「Bass of Doom」を携えていますが、インタビューの最後にGeddyはNow, can I play it?
とおねだりしていました。
今年、Rushがそのキャリア全体を網羅する4枚組ボックス・セット『R50』を発売したときに自分もその購入を検討したのですが、いかに未発表音源や初CD化音源を含むとは言っても大半の曲は既聴であるボックス・セットに2万円以上を出すのは高いなと思った末に、どうせ買うならいつまでも手元に置いて眺めていられるこちらの写真集の方がよかろう(それに『R50』より安いし)と方針を転換した結果がこの『Geddy Lee's Big Beautiful Book of Bass』でした。本書に満載の美しい写真たちのいくつかをうっとり眺め、そこからGeddy Leeのベース愛を感じ取れただけでもこの判断は正しかった(だろう)という感触を得ることができましたが、個々のベースの解説もインタビューもまだ斜め読みしかできていないので、これからじっくり時間をかけて目を通していきたいところ。そうすればなおのこと、これはよい買い物であったと実感できるに違いありません。