別筋
『HOKUSAI : ANOTHER STORY in TOKYO』
2025/07/25
渋谷の東急プラザで開催中の『HOKUSAI : ANOTHER STORY in TOKYO』と題する展示を見ました。図録に記載された紹介文によれば、本展のコンセプトは次のとおりです。
北斎を体感するA visceral Hokusai experience
「HOKUSAI : ANOTHER STORY in TOKYO」は、葛飾北斎の『冨嶽三十六景』を、従来とは異なる視点で再構築し、鑑賞かつ体感できるようにした、イマーシブな映像アート・エキシビジョンです。
近頃この「イマーシブ(没入)」という言葉は大はやりで、私自身も半年前にゴッホのイマーシブ体験をしたばかりですが、この展示も同様のものなのかなと思いながら、会場が自宅から徒歩圏内であることにつられてものは試しと足を運びました。
メインビジュアルは『冨嶽三十六景』の中でもとりわけ人気の高い「神奈川沖浪裏」。受付をすませて会場内に入ると、まずは北斎に関する基本情報が手際よくディスプレイされていて、北斎についての予備知識が乏しい人でもここで学習しなおすことができるようになっています。
いささか展示意図をつかみかねたのが次の「光の部屋」でしたが、どうやらこれは江戸時代のオーガニックな照明の中で浮世絵がどのように見えていたかを再現するものだったようです。
隣にある「大地の部屋」は、「相州梅澤左」「登戸浦」「駿州片倉茶園ノ不二」「礫川雪ノ旦」を使った没入コーナーです。
ここでは絵が変わるたびに足元に木橋が現れたりカニが横歩きしたり凍った池が現れたりしますが、橋に乗れば板がぐらぐら動き、氷を踏めば割れてひびが走るといった具合にインタラクティブ。追われたカニはたいてい逃げるのですが、中にはハサミを振り上げて抵抗を示す者もいて楽しめます。
続いて「風の部屋」は部屋の中に強風が吹き荒れて……ということはなくて、絵の中に風を感じられるという観点から「駿州江尻」「遠江山中」「甲州三嶌越」「東海道品川御殿山ノ不二」「上総ノ海路」「東都浅艸本願寺」「江都駿河町三井見世略圖」「隅田川関屋の里」をピックアップし、これらの絵の中でカメラが二次元ではなく三次元的に動き回る上に、画面の片隅に配置された地図上でいまどこからどの方角に向かって眺めているところかを表示するという凝った作りがなされていました。これは面白い!
「北斎の部屋」はこの展示の中核で、ここだけ15分ごとの入替制の上映となっています。ここでは「神奈川沖浪裏」「山下白雨」をはじめとするさまざまな絵が大波や雷などの大迫力の3DCG映像、立体音響、床から伝わる振動と共に巨大なLEDスクリーンに踊る仕掛けになっていますが、そうした直観的な没入体験だけでなく、北斎が描いた絵の構図の背後に三角・四角・円といった図形反復が隠されていることが躍動する補助線によって示され、描き手・北斎を意識させる構成になっています。
この展示は山梨県立博物館所蔵の『冨嶽三十六景』をその質感にまで踏み込んでデジタルリマスターデータ化したものが使用され、さらにそこから作製されたレプリカが全体を締めくくる構成となっていました。つまり、『冨嶽三十六景』のデジタルアーカイブ化というプロジェクトが先にあり、そこから派生したのが本展示だと見ることができるわけですが、こうしてみると、冒頭に言及したゴッホなどの「イマーシブ(没入)」展示が意識を作品世界の中に飛び込ませる作りとなっているのに対し、今回の展示では一歩離れて分析的に『冨嶽三十六景』に迫ろうとする姿勢が顕著で、この点が本展示の個性になっているように思えました。すなわち作品をあるがままに鑑賞させるだけでなく、作家(北斎)の意図や技法までを読み解いて提示すること、それが本展のタイトルになっている「ANOTHER STORY」の意味するところだというわけです。
本展示の図録も、限られた紙幅の中にアカデミックな情報をできる限り詰め込もうとする姿勢が見られて自分としては好感度が高かったのですが、逆に言えばこの図録をもって振り返りを行わないと、本展示は単に『冨嶽三十六景』を拡大して動きと音つきで楽しませるだけ、という浅い見方で終わってしまいそうです。したがって欲を言えば、展示そのものの中に作り手の意図や狙いがもっとはっきりと示されていればなおよかったのにと思いました。
